スイスで最初の新型コロナウイルス感染が確認されたのは2020年2月25日。イタリアから入ってきたウイルスがこの国でどんな風に拡大し、国や州はどんな手を打ってきたのか。この記事では最初の1週間を振り返ります。
スイス公共放送(SRF)や政府・州の公式発表をもとにこの記事は作成しています。
1人目の感染者はイタリア国境の州
2月25日(火)
国内初の感染者は、イタリアと国境を接する南部ティチーノ州(人口35万人)に住む70歳の男性でした。政府の発表によると、10日前にミラノ近郊の会合に出席し、2日後に症状が出たそうです。
男性は24日に検査を受け、国の基準試験所(reference lab)のジュネーブ大学病院ウイルス学研究室(NAVI)で翌日、陽性が確認されました。

ジュネーブ大学病院ウイルス学研究室は2020年1月16日から、新型コロナウイルスのPCR検査を行っている機関です。政府が3月中旬まで使用していた公式統計は、ここで陽性が確認された件数です。
イタリアでは北部地域を中心に感染が広がり、ウイルスが国境を越えてくるのは時間の問題と言われていました。ティチーノ州ではすでにマスクが売り切れ、地元の病院では中国への渡航歴がなくても、インフルエンザに似た症状のある患者は隔離していましたが、やはりウイルスの流入は免れませんでした。
第1号の感染者は、保健庁がベルンで会見し、公表。ただパスカル・ストゥルプラー所長は「保健庁のリスク査定に変更はなく、国民へのリスクは中程度のまま」と話します。
感染症班のダニエル・コッホ班長も、現時点では学校の休校は予定していない、とコメントしました。
これまでどことなくのんきだったスイスの雰囲気はこの日で一変。私が住むチューリヒ市内では、昨日まで普通に並んでいた消毒ジェルが、この日を境に姿を消しました。4月13日現在も棚は空のままです。
スイスで新型コロナ感染一例目が出た当日。近所の大型店は手の消毒ジェルが大きいボトルから順に売り切れ。入荷にもかなり時間がかかるそうです。
— Kaoru_UDA@スイス在住記者 (@SHINJO55) February 25, 2020
近くの薬局にも「消毒ジェル品切れ」の張り紙が。#コロナウイルス #新型コロナウイルス #スイス #陽性 pic.twitter.com/0GH779A5Vo
2月27日(木)
2日後、保健庁はジュネーブ州(人口50万人)で1人、スイス東部グラウビュンデン州(同20万人)で2人の感染を確認したと発表。感染者は4人に増えました。全員がイタリア滞在中に感染。家族や接触した人たちも14日間の隔離となります。

ジュネーブ州は国連欧州本部や世界保健機関(WHO)など国際機関が集まる都市で、人口の約40%が外国人。隣接するベッドタウンのヴォー州と共に、感染者数がティチーノ州に次いで多くなっていきます。
この日会見した保健庁のコッホ氏は、現時点で感染疑いの事例は130件あると述べました。
保健庁は、
- 手洗いを頻繁にする
- 咳エチケット(ティッシュか腕で口を覆う)
- 自主隔離(咳、熱がある時は家から出ない)
の3つの予防策を記載したポスターを作り、国民に注意を呼び掛けるキャンペーンを始めました(この後何回かデザインが変わります)。
イタリア国境に近い高速道路のサービスエリアや鉄道駅でも配り、水際対策を強化しました。初期のポスターは↓です。
🗞️Neues Coronavirus: «So schützen wir uns»: BAG lanciert Informationskampagne für die Bevölkerung https://t.co/c2gFDljiDt
— BAG – OFSP – UFSP (@BAG_OFSP_UFSP) February 27, 2020
🗞️ Nouveau coronavirus : campagne d’information de l’OFSP intitulée « Voici comment nous protéger » https://t.co/gPqsrXGJLm pic.twitter.com/y6rZHGC70L
1000人を超えるイベントを禁止
2月28日(金)
感染はティチーノ、ジュネーブ、グラウビュンデン、アールガウ(人口68万人)、チューリヒ(同150万人)、バーゼル・シュタット(同19万人)、ヴォー州(同80万人)に広がり、この日の時点で感染者は8人。国内感染はまだありません。
初の感染者が確認されてからわずか3日後、連邦内閣は初の抜本的措置に踏み切ります。
連邦内閣は、感染症法第6条の「特別な状況」を法律施行後初めて適用。少なくとも3月15日までの約2週間、1000人を超える国内のイベントは公私にかかわらずすべて禁止しました。
1000人より少ないイベントも、主催者が州の担当部局と共にリスク査定を行い、開催が適切だと認められた場合に限るという条件をつけました。
「特別な状況」とは、次の場合にある。
- しかるべき執行機関が伝染病の発生と拡大を防止・制御できず、次の脅威のいずれかー①感染・拡大リスクの増加②公衆衛生への多大な危険③経済、その他の生活に対する深刻な影響ーが生じている場合
- 世界保健機関(WHO)が、国際的な衛生上の緊急事態にあると判断し、スイス国内の公衆衛生にリスクがあると判断された場合
州と協議した後、連邦内閣は次の措置を命令できる。国の措置は連邦内務省が調整する。
- 特定の個人または人口への措置
- 感染症対策に関わる医師、医療専門家の任命
- 危険性の高い人口集団、暴露した人、特定の活動を行う人へのワクチン接種義務付け
感染症法6条を適用したことで、州が持つ様々な権限を連邦内閣が一時的に吸い上げ、国全体にまたがる措置が可能になったのです。
この時期はカーニバルやモーターショーなど大規模なイベントが控え、一律禁止で多大な損失が出ることは目に見えていました。
公衆衛生を管轄する連邦内務省のアラン・ベルセ内相はこの日、スイス公共放送(SRF)の番組で「勝手な決定であることは私も認める。だが、大規模なイベントは感染経路が断ち切られてしまう場所に他ならないため必要な措置だった」と振り返っています。
国内で予定されていた大規模イベントは軒並み中止に。世界5大モーターショーの一つ、ジュネーブモーターショー(3月5日〜15日)はこの日、中止を発表。時計見本市のバーゼルワールド(4月30日〜5月5日)も2021年1月28日〜2月2日に延期すると発表しました。
勝手な決定であることは私も認める。だが、大規模なイベントは感染経路が断ち切られてしまう場所に他ならない
アラン・ベルセ内相、スイス公共放送の番組で
4月25日〜29日の高級時計見本市ウォッチズ&ワンダーズ(旧ジュネーブサロン)は前日の27日に中止を発表済み。ローザンヌで予定されていた世界ドーピング防止機構(WADA)の年次シンポジウムも中止されました。
サッカーの国内トップリーグ、スーパーリーグ、チャレンジリーグは週末の試合を延期に。アイスホッケー連盟は28、29日の試合を無観客で行うことを決めました。
チューリヒのファスナハト(カーニバル)は30日(日)のパレードがキャンセルされます。国内最大の音楽祭スイスミュージックアワードはこの日夕、ルツェルンで観客数を制限して開催しました。

楽器隊が街を練り歩くチューリヒのファスナハト。写真は2019年のもの©️ZüriCarneval
中止になったイベントを「強行開催」した人たちもいました。国内最大のカーニバル、バーゼルのファスナハトでは、初日の3月2日早朝、数百人が街を練り歩きました。警察も出動しましたが、摘発はしなかったようです。

国内初の感染者、ティチーノ州の70歳男性はこの日、退院しました。
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